『痛み』は本来、「からだに何か異常が起きている」という体が発するサインです。痛みが出ることで、私たちは病気や異常の存在に気づくことができます。そして、痛みをとるための治療を受けなければと考えます。とはいえ、実際に痛みが起きれば、ありがたいどころか、私たちは大変な苦痛を味わいます。特に歯科医院には「仕事も家事も手がつかない。一刻も早く痛みを止めてほしい」という切実な悩みを抱える患者さんが来院されます。私たち歯科医師は、できるだけ早くその痛みを止めてあげたいと、毎日奮闘しています。

『歯の痛み』と聞いて、誰もが思い浮かべるのは、歯の中の神経(歯髄)の痛みでしょう。痛みを伝える器官としてはよく知られています。「歯の神経を抜いた」とか「神経をとった」などと良く言いますが、これは、細菌に感染して、痛みの原因となっている歯髄を取り除き、歯の中をきれいに掃除して殺菌する治療の事です。

当然ながら、歯髄をとれば、歯の中には痛みを発する受容器がなくなります。多くの方は、「神経をとったのだから痛みがピタリと治まるはずだ」と考えられます。また、神経をとったのに痛みや違和感がとれないと「治療が失敗したのでは?」と心配になってしまう方もいらっしゃるかもしれません。

でも実は、歯の内部だけではなく歯の周りにも、三叉神経(脳神経)につながったネットワークが網の目のように広がっています。歯髄はそうしたネットワークのほんの一部に過ぎません。歯髄を取り除く治療が成功していても、もしも歯の外側まで細菌感染が及んでいるのなら、その炎症がからだの免疫によって抑え込まれるまでは、歯の外側にあるセンサーが痛みを発し続けます。処置後数日痛みや違和感が続くのはある程度出て当たり前の症状です。また歯髄の形状は非常に複雑で、1回の処置でスッキリ痛みが取れることもあれば、数週間から数か月痛みが続く場合もあります。同じ人の歯であっても、その形状は歯によって違い、前の時の治療が一回で痛みがなくなったのに、今回は数回かかってしまう。なんてことも日常茶飯事です。

歯髄をとっても痛みが治まらないことがある一方で、むし歯の痛みを我慢していて、「歯医者にいかなきゃ」と思っていたら、いつの間にか痛みが消えたという経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。その場合、大きく2つの原因が考えられます。一つ目は、慢性の炎症がもともとあって、それが疲れがたまった時に急性に転じて痛みが出ていた場合です。その場合、十分な睡眠をとったり、ストレスの元になっていたことがなくなったりしたら、痛みが消失することがあります。もう一つは、炎症がひどすぎて歯髄が死んでしまったか、歯のなかにたまり歯髄を圧迫していた膿が何かの拍子に排出された場合です。この場合、治ったわけではなく、症状が悪化した状態です。あとでものすごく強い症状となって発現する可能性があります。いずれも、素人判断せず、歯科医師による診断を受けた方がよいです。『痛み』は体が発する異常信号です。信号無視をせずに、専門家の診断を受けましょう。